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(4)年忌法要と行事 14.仏前結婚式 |
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| 2.金封の表書き |
| 1. お布施の意味(僧侶への報酬ではない) |
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法事や月忌参りなど、僧侶を招いて仏事を勤める時、お布施がわたされますが、このお布施の“額”が気になる人がいます。「いくらぐらいお包みすればよいのでしょうか。あまり少ないと失礼ですので…」といった調子です。 多すぎて困ることはないのですけれど、要は“相場”を聞きたいのでしょう。 しかし、そういうお尋ねがあっても私はできるだけ金額を言わないようにしています。それは、お布施が“自ら進んで上げる”性質のものだからです。ただ言えることは「よろこんで精いっぱいする気持ちが大切である」ということでしょう。 そうした金額を気にするよりも、もっと考えていただきたいことは、布施本来の意味です。 習慣化される中で、私たちはつい、お布施を一種の“報酬”のように捉(とら)えていやしないでしょうか。僧侶が読経したことに対する代価、御礼として扱ってしまいがちです。しばしば、表書きに「御経料」とか「回向料(えこうりょう)」と記した金封に出会いますが、これなどはまさしく僧侶への報酬の感覚です(「御経料」「回向料」「御礼」とはせず「御布施」とする)。 布施というのは、そもそも仏教の大切な行(ぎょう)の1つで「あまねくほどこす」という言葉です。その布施行には、法を説く“法施(ほうせ)”、財物を施す“財施(ざいせ)”、畏怖の念を抱かせない“無畏施(むいせ)”があります。金封の「御布施」は、このうちの財施にあたるわけです。 さらに、これらの布施を行う場合、施す人と施される人、施し物の3つがともに清浄(しょうじょう)でなければならないとされています。つまり、見返りを期待したり、何か魂胆があったりすれば、布施にはならないのです。 ただ、浄土真宗では、こうした布施を善根を積んで悟りに近づくための修行とはせず、ひたすら阿弥陀如来のお救いを慶び感謝する報謝行としています。すなわち、御布施は僧侶への“報酬”ではなく、如来さまへの報謝として捧げるものなのです。 |
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(4)年忌法要と行事 14.仏前結婚式 |
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| 2.金封の表書き |